シェイマス・スミス『名無しのヒル』[ハヤカワ文庫HM/早川書房][bk1]

徹底的に脱水されたシニカルでクールなシチュエーションコメディコメディを見せてくれた前2作から一転、今度のスミスはブコウスキーを思わせる、ある意味ウェットな自伝的青春小説仕立ての話を持ってきた。でも舞台はぬるくない、英軍にIRAと間違われて送られてしまった収容所での悪夢のような生活だ、でも場所がアイルランドとくればこれは夢じゃなく極めてリアルな小説でもある。子供すらテロリストであるIRAにおびえ、ほんのわずかに怪しげな行動も咎め、でっち上げの容疑で少年を収容所に送り、少年たちはそこで英国への憎しみを募らせ、出所後IRAへと参加し…報復と報復の絶えざる連鎖を生み出すクソッたれなシステムのなかで、好漢悪漢入り乱れ詰め込まれたティーネージャーたちの、ロマンティシズムの最後の欠片としての自分自身の倫理、どうにもならない世界に対する青臭い反抗としての脱走計画、ノワールというよりはロマン・ノワールというほうが断然ふさわしい傑作。ラストは祈りのようですらある。それにしてもばあちゃんのストイックな格好よさのなんとすばらしいことよ。