アラン・ラッセル『傷痕』[bk1]

画廊経営者が殺された事件を機にかかわりあうことになった解離性同一障害の画家と精神科医と刑事が、互いの心の傷を隠しあい、探りあい、さらけ出し、認めあい、そしてひとつの理解点へと辿る、ヨーロッパ映画を思わせるゆったりとした雰囲気の佳作。殺人事件や多重人格症は彼らの関係に緊張を与え、複雑にし、そして進展させる契機として存在してはいるけれど、その解決は物語の重点とされてはいない。あくまで3人が織りなす心理劇が中心で、そこに頻繁に挿入されるギリシャ神話がロマンに彩りを加えている。じっくりとした筆致が実に心地いいのだけれど、終盤事件をまとめにかかるあたりが少しばたばたした感じになるのがちょっと残念。ずっと3人の掛け合いを読み続けたいという気持ちもあり、すぐ読了してしまうのがちょっともったいなくもあって、時間をかけて愉しんだ一冊でした。