マリー・ンディアイ『心ふさがれて』
原因のわからないままに迫害される中年女性の物語は、どこか村上春樹を思わせるところがないではないけれども、もっと切実で、もっと手がかりを持たない。あからさまに物事の因と核の描写を避けつつも暗示することは忘れず、結果すらあいまいに放擲しつつも、そこからもたらされる重く鈍く心にこびりつくような思いを残し、寓意や幻想をを忍び込ませながら状況の骨格のみをぬらりとした感触で、しかも平易な言葉で綴っていくンディアイの筆致は、落とされることのない憑き物や呪いのように張りつき、その裏側にある“もの”への想像を扇動/挑発し、読み手を引きずり込んでしまう解釈の底なし沼のようであり、そこに沈み込んでいった読後感は諦念にも似た爽快感すらある。それにしても、この芯を捉えさせない話法というのは、その効果はわかっていても、実際書けといわれてもここまで高いリーダビリティを保てるとは…技の巧のなせる業か。