ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』

先達へのオマージュやリスペクト、愛着しているものを使った遊びはそこかしこに見受けられるも、そこには衒学に淫しようとする気配はまったく感じられない。これ見よがしなガジェットを持ち出すことも無く、いたずらにプロットをひねることもしない。言葉使いにも、格調の高さ、古めかしさ、もしくは乱暴さや下品さといった修辞へのこだわりも無い。どの短編も『ハートシェイプト・ボックス』と同じような古典的怪奇小説の正嫡で、悪く言えば普通といってもいいような“どこにでもある地下室の、埃っぽく乾いた香り”のするスタイルは、しかし、それは後になって特長を思い返そうとしたときにはじめて気がつくことであって、読んでいる間に感じる、言葉と場面と状況の積み重ねのみによって構築されたテキストの行間から不意をついてでてくる不穏さや、ありふれた言葉で綴られるありふれた世界の中に存在する、それまで焦点の合っていなかった不吉で異質な気配の明確な輪郭に気がつかされた瞬間の肌が粟立つ感触は、まぎれもなくスペシャルといっていい。きわめてレヴェルの高い作品ばかりのなか、それにしたってデイヴィッド・マレルの「苦悩のオレンジ、狂気のブルー」にも勝るとも劣らないほど興奮させられた「自発的入院」の素晴らしさは特筆しておきたい。