打海文三『ドリーミング・オブ・ホーム&マザー』
この物語は、さしあたって、身の内に(異なる位相で複数の)モンスターを棲まわせた犬によって伝播される呪いの物語、すなわちホラーといってもいい結構をもっている。ただ、そのモンスターも呪いも明確に“現実”の枠内に規定され、良くできた恋愛小説のような発端から次第に巧妙に脱臼していく物語自体も、リアルのレギュレーション内に縛り付けられ、一見ホラーのような肌触りは感じられない。だがしかしホラー小説がもつ凶暴で鈍く重い圧力は徐々に、そして確実に積み上げられていき、そして絵空事化/幻想化されないホラーとでも言うべきその丹念に積み重ねられた手触りがあるがゆえに、『ぼくが愛したゴウスト』の世界と呼応するようなあのクライマックス以後が、圧倒的なまでの(異)質感を持って押しよせてくる。