コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』

じっくりゆっくり読む。I'm not here. This isn't happening.…というRadioheadの“How to Disappear Completely”の詩を、読んでいる間中ずっと思い浮かべていた。終末を際とした地の荒涼と暴露されるヒトの蛮性を忌避するがごとく、事象と心象がシームレスであるコーマック・マッカーシーのスタイルは、この世界のリアルからリアリティを剥奪して、すべてが白昼の悪夢でもあるかのような、むしろ夢であってほしいと祈るような、あいまいで確かさが失われている手触りを作り上げている。その手触りの中では、少年は父の、父は少年の、それぞれの心の奥に澱んでいるもの――父にとっては野蛮へと流れるものを留める最後の拠りどころとしての人間性、少年にとっては慈しむ性を支えることのできない自身の弱さを補完するための必要悪としての暴力――が投影されたまぼろしのようにすら思えてくる。簡素で素朴、『血と暴力の国』の最後に綴られていたモノローグから直接つながる静謐な獰猛さ。