小説現代特別編集エソラ〈esora〉1[bk1]

…掲載の伊坂幸太郎『魔王』は『グラスホッパー』のもう1つの様相というべき姿を見せてくれる傑作。集団の中から突然変異的にに生まれる凶暴な個体としての悪意を描いたのが『グラスホッパー』ならば、『魔王』は集団そのものが持つ脅威を描いている、すなわちファシズム。相手に自分の考えている台詞を言わせることができるという超能力を持ってしまった主人公が、なんとか全体主義的な流れに対抗しようと試みる、いわばスティーヴン・キングの『デッドゾーン』のような展開となっている。しかしながらこれまでの伊坂幸太郎がキャッチーでしゃれた台詞と諧謔の中に潜り込ませていた痛烈な皮肉が、この作品でははっきり前面に押し出されている。強大な凶気、それに対抗できるものとして奇跡に頼ることしかできないということ…しかし今回はその奇跡すら、時代と世代を巻き込んで大きい波となるファシズムの大波の前に余りにささやかでしかない。さらにはその奇跡を司る主人公の口癖が「考えろ考えろマクガイバー」ということ…勇気と知恵で幾多の困難を乗り越えるマクガイバーの本当の姿がこのようなもの*1であるとしたならばとんでもない皮肉としか言いようが無い。