中村隆資『神なき国の神々』[双葉社][bk1]

冒頭の「武智麻呂の虫」でまず腰を抜かす。大化の改新以後の藤原四兄弟の権謀術中を駆使する有様を描いた小説…という枠にはどうやっても収まってくれない。時代/歴史小説という品性とか格式とかを踏みにじるかのような破格の下品さというか…っていうか→ 三丈あまりの糞に塗れたサナダムシを腹から引きずり出して「やったぁ」などと歓声をあげ湧き上がる ←ラストを迎えてしまうなんて想像でき無いって言うの。腹ン中で虫がキュッとなってにやにや〜とかいうあたりからじわりと漂だすフモール、ラストシーンにいたってはなんとももう尾籠極まりない祝祭、とどめと言わんばかりに矮小にもほどがあるだろう創世神話的オチ。まいった。
とか言っていると次に待ち構えていたのが「与一」。魂が抜ける、傑作、すごい傑作「与一」と呼ばれたら立ち上がらねばならないという勇壮な書き出しをいきなり裏切るかのように武者「与一」についてのディテールが“ねばならない”の語尾とともに執拗な念仏のごとく押し寄せてきて、その異様な文面のハッタリの強さに酩酊し、一転して続く有名な「那須与一の扇射ち」のあまりの緊張感に息を呑み、さらに再び呪文のような「ねばならない」のリフレインによって「那須与一」の成り立ちと歴史が語られるにいたって、何でこのようないびつな語り口が選び取られなければならなかったを悟り呆然とする。SF的装置を一切用いることなく、文学的たくらみだけでうつつとまことのせめぎあい、真実と捏造のしのぎあいを、歴史のあわいに産みだされた英雄の肖像とともに書ききって見せた至福の逸品といってもいい。最後の一文の余韻がまたたまらない。
その他四編の短編もどれをとっても“小説”を読むことの愉悦を味あわせてくれる作品ばかり。ご馳走様、いやほんとに。