綾辻行人『暗黒館の殺人』[講談社ノベルス/講談社][bk1][bk1]

『暗黒館』に感じる居心地のよさ、馴染みのよさというのは、本来肌触りの悪さがウリであるはずのゴシックにあるまじきものでしょう。ここにはどこかでみたような“珍奇”しか見当たらない、過去の総決算、先達へのオマージュ、…なんというかゴシックへのノスタルジーという変な価値観が、この小説のキモになってるのじゃないかと思う。ノスタルジーというのは、基底となる共通体験/共通言語を持っていて“こそ”感じることのできる感情なのであって、ゴス体験/言語を脳内に飼っているヒト以外には、この『暗黒館』は、そもそも読むことすらできない書物なのかもしれない。でも本来、共通言語の外側からの浸食/凶暴な異化作用/禍々しい感染力を持った瘴気のような異質のテクスチャーこそがゴスのおぞましさの元だったはずで、そのゴシック意匠を共通言語にしててしまったというのは、辛くないカリーのように味気ないものなんじゃないかな。とりあえず、筆致が徹頭徹尾変わらないので、いちどに大量に読むとすぐ飽きます。