テリー・ビッスン『ふたりジャネット』[bk1]

“好きな作家はラファティアメリカントールテイルの伝統を継ぐ”とか書いてあった解説文が頭に引っかかってたせいもあるだろうけどSFマガジンで「熊が火を発見する」を読んだときの印象は“地味”のひと言、あまりいいものではなかった。ラファティならば…熊が火を発見するんだから当然熊文明が勃興して人間とあんな事やこんな事をしてその末にここではないどこか熊熊した世界へと移住してあとに残ったのは人間と知識を持たなかった熊だけだった…ぐらいの熊世界の興亡、どこか神話的でびっくり箱の中にびっくり箱を詰め込んだような奇想のカーニバルを書いているところでしょう。っていうのにビッスンのこの熊、焚き火突っつくことしかしてないじゃない、どうなってんの責任者出て来い! …とまぁ当時は思ったのです。何作か読んでいってわかってきたのは、ビッスンが注目しているのは奇想そのものではなくて、そこに巻き込まれる登場人物のヒューマニスティックなごく普通の振る舞いなのだということ、そして奇想はその人たちに祝福をもたらす、いわば“マレビト”のようなものなのじゃないかということ。そこからうまれるドライで朴訥なセンチメントはかなり痺れます。イギリスがでっかいひょっこりひょうたん島になってしまう「英国航行中」しかり、キャッシュディスペンサーの姿をした→ お騒がせないたずらキューピッド ←のおはなし「アンを押してください」しかり。臨死体験、→ (半)死者との情交 ←をとおして死そのものに魅せられてゆく盲目の画家を主人公にした「冥界飛行士」も、その後味の悪さを別にすれば、ある種の祝福と取れないことも無いですし。ラファティよりもヴォネガットと比べたほうが据わりがいいんじゃないかとは思います。まぁでも、ありとあらゆる胡散臭い知識を身につけた万能中国人ウィルスン・ウー・シリーズや、あっけらかんととんでもないホラを吹く表題作「ふたりジャネット」は、それこそ酒場で騙られるトールテイルそのまんまで、ラファティ度は相当高いですね。一晩かけてマイフェヴァリット選んでみようと思ったけどダメ、全編オススメです。登場人物たちのセンス溢れる掛け合いといい、それからやけに気の利いた作品の〆かたといい最高。