ジェイムズ・エルロイ『アメリカン・タブロイド』[bk1][bk1]

文体もプロットの複雑さもほどほどに判りやすくなっていて(エルロイにしては)かなり読みやすかったし面白かった。仕事の休憩中に、一日数十頁づつ読んでいたにしては内容を忘れるようなことも無かったし(笑)。いや正直な話『ビッグ・ノーウェア』『LAコンフィデンシャル』は油断するとすぐ何を読んでいるのか判らなくなってたし、『ホワイト・ジャズ』にいたっては何度か読み直した挙句、丸一日じっくり読む日を取っったりもしたっけ…。まぁそれはともかく、本書は二重三重の内偵者、盗聴する男、強請屋の三人の、JFK大統領就任から暗殺まで栄光と挫折の日々を描く暴力と脅迫に彩られたエルロイ流の本格エスピオナージュ。また好色な王と厳格な王弟の周辺をめぐる人間喜劇とも読めるし、いわゆる(金枝篇のような)王殺しの物語として読んでみるのも面白いかもしれない。だけどノワールじゃぁないよね。ノワールという言葉からぼくの頭に浮かんでくるのは、陋巷にあっても捨てきれないダンディズムの最後の一欠片だとか情念と妄執で培われた暗黒のロマンティシズムであって、主人公たちの行動の客観的描写に徹して内面心理をほとんど描かない本書からはそれがあまり感じ取れない。むしろシェイマス・スミスやドナルド・ウェストレイクのようなクールなブラック・ジョーク・サスペンスに近い感じでした。最後に『ホワイト・ジャズ』を読んでけっこうな時間が経っているからこんな読み方になったのかもしれませんね。『ブラック・ダリア』から読み直してみようかしらん。期待はずれだったのは(描写が主人公三人の周りにしか及んでいなくて)ケネディ政権下でのキューバ危機において当時のアメリカがおそらくはじめて体験したであろう黙示録的なアトモスフィアがほとんど感じられなかったことかな。←映像の世紀を見ていてそーいうことが知りたかったんで。