浦賀和宏『透明人間』[bk1]

浦賀和宏が描く物語をぼくはいつもイニシエーションの挿話として読んでいて、彼岸と此岸の際で幼年期を過ごしている少年少女が、ひとつの事件を契機にして今まで見えなかった世界のもうひとつの姿を見い出し、いやおうなく自身と世界との立ち位置を決定しなくてはならない通過儀礼を経験する…いってみれば世界認識レベルの“一夏の経験”こそが浦賀作品の骨子だと考えてます。だから本書も主人公小田理美のナイーヴなビルドゥングスロマンとしてじゅうぶん以上に楽しんだのだけど、序盤で安藤の口から語られる“何らかの意志が働いているとしか思えない偶然の出来事”の数々や同じく安藤によって明確に解き明かされる“事件の真相”、そしてカヴァー見返しの著者の言葉やシリーズ作品の肝として『頭蓋骨の中の楽園』のなかで荻原によって暗示される世界の姿を経験している“読者”にとっては、とても文字通りには受けにくい結末でもあります。→  研究所で作り出された透明人間が実在するのか、それともすべては単なる偶然で、小田里美の世界認識が“壊れている”だけなのか  ←非常に不安定な場所に読者を放り投げているところが本書の最大の魅力でしょう。一見隙だらけのような、細部までしっかりくみ上げられた秀作。