ダン・シモンズ『夜更けのエントロピー』[bk1]

大石圭は自著のあとがきで自分の作品のことに言及した際"絶望的なハッピーエンド"と評していますが、本書に収められている中短編もその系譜に属するでしょう。そのような作品を作る人として他には誰がいるだろう、そう考えてとっさに思いついたのが黒沢清。なるほど「黄泉の川が逆流する」なんかは黒沢清独特の演出を思い浮かべながら読むとますます面白いですね。 「ベトナムランド優待券」「ドラキュラの子供たち」は結末はありきたりですが、序中盤に見られるそれぞれのアポカリプティックな描写がたまらない。2編並べてあるのはもちろん編者の意図でしょう。「夜更けのエントロピー」は再読した中でもっとも冷静ではいられなかった作品。年齢を重ねたせいでしょうが、当時パラノイアとしか思えなかった人物にこれほど感情移入するはめになるとは思わなかった。「ケリー・ダールを探して」「最後のクラス写真」は、おそらく人によってラストの印象がまったく違うのではないでしょうか。前者は”もっとも危険なゲーム”の幻想小説的な変奏、収録作中でのマイ・フェヴァリット。後者は初出がスキップ&スペクターのアンソロジーとだけ言えばわかる人にはわかるでしょう(笑)*1。「バンコクに死す」はデビュー長編『カーリーの歌』のような生臭い熱気が満ちていて、なんというか暑苦しい作品。最後に持ってきたのも納得、っていうか日本で最初に出たシモンズの短編集『愛死』ではこの作品2番目に収められてて、その際読んだときには胸焼けして、ここで一旦読むのを中断した覚えがあります。まぁ作品が濃密だっていうのはシモンズの中短編全般に言えることなので、一日一編の割合で読んだほうがいいとは思いますね。かなりブルージーだし。

*1:グラフィカルなスプラッタ←と意味もなく背景同色で書いてみる