[note]

女王様と私』(歌野晶午)を読みつつ→ 一人称記述信用すべからず ←という小説を読むうえでのオレ的第一原則を考えたとたん、不意に『神様ゲーム』(麻耶雄嵩)が実はそー言う小説だったんじゃないかという直感に襲われる。なるほど神様ゲームとはそーいう「ゲーム」だったのかと一人納得し、しかしもしそーいうハナシだとすると子供に読ませる読ませないという議論以前にこれとんでもない猛毒小説なんじゃないのと呆然とする始末…まあ再読検証はまだしてないんですけれどね、でもホントにそうだとすれば確かに神技というべきか。なお『女王様と私』は→ どこからどこまでを××と捉え、どの部分を○○と読むかで物語位相ががらりと変わる ←技巧作。とりあえず→ 三人称記述も無条件に信用してはならない ←ということを踏まえ→ 1、3章と2章の虚実関係を反転 ←させてみるとどうなるか想像してみる手もある。オタク像がステロタイプだということも→ ××している人のオタク像に関する知識が典型なものでしかない ←と捉えてみることでまた物語が反転するんじゃないですか…と無責任に発言してみる生業。