デイヴィッド・マレル『苦悩のオレンジ、狂気のブルー』[柏艪舎][bk1/amazon]

まずトータルな印象を言えばクラシックでオーソドックスなホラー、TVシリーズトワイライトゾーンを思い起こさせる日常に潜む怪異をじわり滲み出させるそのわざは手堅く、要所にチル・ポイントを配した職人的な作品がそろっている。執筆年代順に並べられたこの作品集の前半/割と短めのものはちょっとした佳作ではあるものの、その手堅いというインプレッションを超えるようなものではない。しかしながら中盤以降の収録作の、語りの構造の手堅さがそのままであるもかかわらず物語にもたらされている密度と緊張感の充実はいったい何事だろうと思ってしまう。『マンボー・ジャンボー』は“ホラーならでは”の最後の一撃へ持っていくまでの〆の手際が淡々として効果的。ジェームス・ディーンをモデルにとった俳優にそっくりな青年をめぐる物語『再来』の結末のつけ方においては“どの地点”に着地させるか読み手の思惑をいい様に揺さぶったうえでもっとも悪趣味でなおかつ涙を禁じえないというほとんど奇跡的なフィニッシュを成し遂げていて、最初から最後までテンションあがりっぱなしの表題作『苦悩のオレンジ、狂気のブルー』とならぶ傑作といっていいでしょう。また最後に収められた2編『墓から伸びる美しい髪』*1『慰霊所』は子供を失ったマレルの祈りと願いを物語として託した『蛍』以降を思わせる暗鬱/悲痛極まりないロマンとして読後も重いものを残す逸品。かつては『オレンジは苦悩、ブルーは狂気』を読むためだけにアンソロジーナイトフライヤー』を買ってもいいとまでいわれたものだけれど、これだけの作品を並べられたら1900円(税抜き)は安い買い物だと思いますぜ旦那。
デイヴィッド・マレルをマチズモの作家と勘違いしているだろう人は『怒りの〜』の冠の付いた映画ランボーシリーズの、いかにも世界の番犬を気取るアメリカの幻想を体現した筋肉フィーヴァーを見ているからだと思われるけれど、マレルの基調はむしろインテリジェンスにある。マレル≒映画ランボーの刷り込みがあるのはしょうがないし、だいたいのところ映画だって1作目はかなり面白く仕上がっているほうだろう。表情に乏しいスタローンの演技だって映画前半においては帰還兵のデッドエンドな無気力さを、後半においては戦時中のゲリラ戦の悪夢/悪霊をそのままアメリカの一都市に呼び込むシャーマニックな依代としての役割を表現するのに機能していて、あの変更されてしまった結末部のあまりにも安易なヒューマニズムへの妥協さえなければ傑作といってもいいんじゃないかと思ってはいる…もちろん原作『一人だけの軍隊』が大傑作であることはいうまでもない。あらすじを知っているからといって読みのがすのはもったいなさすぎるとしかいいようがない。

*1:なおこの作品は2人称で書かれている。その演出意図は作者自ら各作品につけている前書きで「離人症的な効果を〜」と明らかにしているけれど、どうも翻訳のせいでそのニュアンスが失われているような気がしてならない。全体を俯瞰するような言葉遣いを選択すべきじゃなかったかと思うのだけど。