桜坂洋『スラムオンライン』[ハヤカワ文庫JA/早川書房][bk1/amazon]

リアルを規定するのは“痛み”と“喜び”だと、個人的には思っている。たとえそれがモニタ越しでも、テクストの中にしか存在しないとしても、ただ伝聞としてしか自分の中にないとしても、それらが傷ついたときにつらさを覚え、涙をこぼしているときには手助けをしたいという衝動を抑えられず、笑顔がもたらされたときに自分自身の心にもとめどなく喜びが湧きいでてくる…その共感の錯覚こそがリアルの物差しであり、おそらく“愛”の物差しでもあるとぼくは思ってる(人の笑顔に憎しみを覚え、悲嘆にくれる姿に喜ぶ…そのような倒錯の共感を“悪”だと考えてることも、ついでにいっておいていいかもしれない)。だからリアル/リアリティというものは非情なくらい個人的な体験であって、つまり恋愛を含む一般的コミュニケーションはつねにリアリティのすり合わせというある種のファーストコンタクトで…とまあそういう話。リアルのすり合わせというのは、異性人あいての共通了解項の少ない間で行われるものより、共通項が微妙に多くしかし必要十分なほどではない場合のほうが厳しく切実になるのかもしれない。いわゆる「ぼくたちのリアルフィクション」というものは多様化した“リアルの物差し”という観点において、個人個人の異星人性をバックボードとした小説なのかもしれない…とかいう結構昔から考えてることを再確認したりした。作品としてはあっさりしすぎているとこはあるけれど、むしろこの手に届くスケール感こそが「正しい」のだろう。