アンソニー・ドーア『シェル・コレクター』[新潮社][bk1]

孤島にて生活している盲目の老いた貝類学者が、シアトル生まれの仏教徒マラリアに罹った女性が猛毒を持つイモガイに刺され癒されてしまったことを発端として始まる騒乱に巻き込まれる表題作「貝を集める人」。死と再生、隠者と俗物、喪失の自覚と祈りにも似た回復、自分が自分の人生に対して盲目であったことに気づく世界観の転地、とても数十頁とは思えない物語のエコーが詰め込まれていて陶然とする、息が詰まりそうになる。特筆すべきは世界描写で、パーカッシヴなリズムで貝や岩礁、風景、自然美の細部へ細部へ切り刻むそれは、リアルを生むのではなくあまねく世界に内在する神話性を浮き上がらせてゆく。ナチュラルであることが幻想的であること、リアルであることが彼岸的であること…至福とも言ってもいい読書体験でありました。他の作品も甲乙つけがたい力強く、繊細な物語ぞろいで、なかでも「ハンターの妻」「世話係」「ムコンド」の短編とは思えない豊穣さにおおいに泣く。書けるものならばこんな小説を書いてみたい。
2004年に読んだ本の中ではトム・フランクリン『密猟者たち』[bk1]中村隆資『神なき国の神々』[bk1]そしてこのシェル・コレクターがマイ・フェヴァリット3品でしょうか*1

*1:シオドア・スタージョンの作品集は思い入れが強すぎて冷静になれないのと、“今年に”読んだという実感が少ないために別格扱い