キース・アブロウ『抑えがたい欲望』[文春文庫][bk1]

精神医を探偵役に据え、事件の奥に潜むココロの暗い部分を見つめるミステリ…本書を読んですぐに思い出したのがジョナサン・ケラーマンの『大きな枝が折れる時』[bk1]。浅田彰との対談で高橋源一郎が絶賛していたのを読んで即座に入手…その後サンケイ文庫(扶桑社文庫の前身)を買いあさる日々につながるのだけれどそれは別の話…長大化している最近の作品はともかくケラーマン第一作のこの作品はまちがいなく傑作で、ほとんどあっという間に読んでしまった記憶がある。「事件が元で知り合い、互いに深い傷を負った心理医と刑事」そして「デーモニッシュなオブセッションが絡み合って織り成される家族の肖像」という舞台設定はケラーマン、アブロウ双方に共通するのだけれど、若くして引退して投資で悠々と暮らすケラーマンの描く主人公アレックスに比べると*1、本書の主人公フランクはそうとうに破滅指向で、担当する患者の苦しみを自分の悲劇的な過去と照らし合わせ、そのたびマゾヒステリックな心理痛と味わってしまう…ケラーマン描く主人公アレックスが、どこかしら外部から悲劇を観察している感覚が抜けないのと比べると、視線がかなり私的な方向に偏っている。他者を癒すことがそのまま自己の回復につながっているといってもいい…というかそれは即ち他者を癒し損ねることが自分の傷を深めるということでもあって、だからこそ本書の(意外ではないけれど衝撃的な)結末は色々な意味でエモーショナル。最後まで緩むことないテンションの高いプロットといい、今年の収穫の一冊です

*1:ケラーマンの場合ネガティヴな役回りは、腕利きだけれどゲイで署内では疎外される立場にいる刑事マイロのほうに振り分けられている