ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』[bk1]

わたしとあなたと、そしてだれか…ここに収められた短編群はそういうミニマルな1対1+αの関係性の、まともに書けばどろっと生々しくなりそうなお話を、童話や神話の筋ををベースに、どこか夢見心地の心象を、暗喩、象徴のフィルターをかけて投影された世界を綴ったもの…とでも言えばいいのでしょうかね? 屈託のない性生活描写、死者、冥界、リンボ、死のイメージのあっけらかんとした提示、なんとなく先日読んでいたシュールレアリズム小説集レオノーラ・キャリントン『恐怖の館』と共通するものを感じはしました。とはいってもキャリントンがはまり込んでいたような、幻想の現実を蹂躙するかのような存在感というのは感じられなくて、むしろ現実をどうこうよりも、親愛だの情愛だのといった現し世の煩わしさを嫌悪してゴーストになりたがっている少女的な夢想から生まれるとらえどころの無い浮遊感…というのが本書の特徴でしょう。そのつかみ所の無さは、そのまま小説の判り難さにもつながっていて、会話のセンス、語り口のステップ、どの頁を開いてもスタイリッシュなフレーズが飛び出してくる抜群のリーダビリティとは裏腹に、読後“…自分はいったいどんな話を読んだのだろう…”と思ってしまう作品もけっこうありました。まあ、二度三度読み直してるうち、わからないならわからないなりで面白く読めるようにはなったのだけど、やっぱりマイフェヴァリットをあげるとわかりやすい話が並んでしまいますね。例えば「黒犬の背に水」やはじけるような「ルイーズのゴースト」、断章形式の「少女探偵」あたりかしらん。超絶技巧の「飛行訓練」は傑作ですね。でも強い寓意性の「雪の女王と旅して」は妙にわかりやすくて*1逆にちょっと物足りない感じかも(笑)。 
あと"Carnation,Lily,Lily,Rose"、"Water Off a Black Dog's Back"、という短編集冒頭2編の原題の語感のステキさは作品のそのものにも横溢していて、読んでいるだけでも嬉しくなります。

*1:読みきれてないだけかもしれないけど