ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『赤い右手』[bk1]

赤茶色の髪を振り乱し、赤い眼をぎらつかせ、耳は裂け、歯は犬の歯のように鋭く尖り、脚は栓抜き(コークスクリュー)のようにねじれ、身の丈は切り詰めたように低く、そのほかにもぞっとする容貌の特徴をいくつもそなえたこの男*1が繰りひろげる狂気の連続殺人劇、そしてその殺人鬼が乗った車がすぐわきを通っていったはずなのになぜ(本書の語り手である)医師はそれを目撃しなかったのか … そんないかにもマニア魂をくすぐる設定はしかし“物語を正々堂々たる知的ゲーム”として楽しもうとするまじめなミステリ読者を哄笑するための舞台でしかありません。→ あまりにも頻発する偶然とご都合主義、一人称のにもかかわらず時系列めちゃめちゃの語り、その語り口も肝心なところが悶々としてどこか信頼の置けないものを感じさせるところ、どこをとっても推論を不明確にさせる要素ばかりで ←、まぁ悪趣味な人には絶賛されるだろうけれど、クイーンを奉ってるような人だったら本放り投げちゃいそうなところはあります。よくこのミスで2位取ったもんだ、…いやこのミスだからこそ2位取ったのかもしれない。とはいえ、ぼくはこの小説、途中からミステリとして読んでなかったような気がします。→ 偶然によって成立する事件が悲劇を招いていく ←という展開がなんていうか、ギリシャ古典悲喜劇をパルプフィクション典型のキャラクターが演じたグランギニョルとでも形容するべきでしょうかね。ハナからケツまでを貫く主人公の饒舌は、桂枝雀の節回しが思ったより似合ってるんじゃないかとは思いました。怪作、大好きです。

*1:『赤い右手』p7