↓附記

作家にとって、中編というのは理想的な長さだ。長編という大きなレンズを使ったとき必然的に生じる焦点のぼけとは無縁に、架空世界を観察できるからだ。中編小説の中で、作家は−そして運がよければ読者も−登場人物を、設定を、主題を、ゆったりとした描写を、深々と呼吸することができる。脇筋や補助的登場人物や章の区切りなどと言った夾雑物で環境を曇らされることの無い長編というのは、真の傑作と呼ぶべきものを別にすると、ほとんどないと言っていい。*1
こんなことを自分で言っているくらいだから、ダン・シモンズの中短編には力が入っていて面白いものが多いというのも当然か。確かに傑作ハイペリオン4部作も『ハイペリオン』(実質中編集)→『ハイペリオンの没落』→『エンディミオン』2部作(実質上下巻)、と長くなっていくごとに緊密度を失っている…それが目立たないのは読者の鼻面を引ッ掴んで結末までけして離さないシモンズのストーリーテリングの能力がずば抜けているからだけど、やっぱり『エンディミオン』2部作が『ハイペリオン』の続編というだけで評価を割引されてしまってるのを見るにつけ、シモンズの本領は中短編にあるのだなと思わされる。実際ぼくはシモンズの短編が収録されてるアンソロジーは買っても、長編はあまり積極的には買ってない。ハードカヴァーでは買わないけど、文庫化したら買うかな、ってところ。あ、ハイペリオン4部作は別格だけどね。
似たようなことを感じるのはスティーヴン・キング。『IT』は正直おなかいっぱいでちゃんと楽しめたかどうかよくわかってない。短編は玉石混交だけど、長編を書く合間に書かれた中篇集はどれも最高! 「スタンド・バイ・ミー」はまさしくスタンダード・ナンバー。…でもキングの中編って、日本じゃ長編として扱ってもまったく違和感無い分厚さだ(笑)。

*1:ダン・シモンズ著、嶋田洋一訳『愛死』(角川文庫)の作者あとがきp473より抜粋